難聴を生むライブハウスの音の悪さ

 エレファントカシマシというバンドが難聴により活動休止だそうだ。ロックバンドの音響さんとかは、耳栓してるそうで、必需品なのだそうだ。どこのライブハウスもおしなべて音が悪い。低音の量感を稼ぐために15インチ2発のモニタースピーカーを並べている。海外製は特に音が悪い。耐久性と費用を重視しているのか、重い振動板に大電力を投入して無理無理低音をひねり出している。それでも、国産のモニタースピーカーは幾分音が良い。長時間高い音圧を受けていると難聴になるようで、手当が遅れると聴力を失うようだ。
 インナーイヤー型のイヤーフォンも危険だ。聴覚上は小さな音量でも、実際に耳にかかる圧力はかなり高いらしい。ヘッドフォンは幾分安全だろうけれども、振動板が至近距離にあるので、長時間の使用は危険ではないだろうか。

 1930年代の映画館は真空管アンプしかなかったので、バックロードホーンタイプのスピーカーが主力だったようだ。ホーンで低音を稼ぐのである。大出力のトランジスターアンプが出てきて、構造が簡単なバスレフか密閉か後面開放型のスピーカーに置き換わった。振動板が重くても、アンプの駆動力が高いので、大音量が出せる。ただし、重い振動板は動き始めるのが遅く、止まるのも遅い。一般的な15インチユニットで3波長遅れる。だから、バスドラムの音が「ドン・ドン」という音がする。本当の生のバスドラムは「ドッ・ドッ」という感じだ。生のバスドラムの音なんか聞いたことがある人は僅かだし、PAというのはああいう、重たい感じの音がナウいのであると思い込んでいるので、誰もがあの劣悪な音響で納得している。
 ベースの音階なんか分からないし、ギターの音も曇りがちだ。もっともギターはエフェクターで歪ませているからあんまり違和感がないのだが。ボーカルも声の艶は失われ、細かいテクニックもわからない。私はお金を払って、あの汚い音を聞くのがとてもとても嫌なのだ。小さいホールで、せめてドラムだけはPA通さないような環境だとまだ良い。小ホールのジャズの生演奏が好まれるのはドラムとピアノがPAを通さないからではなかろうか。
 生の音というのは当たり前だが実に生ナマしい。ハイハットは「ギャン」と鳴る。録音過程で丸まるのか、ツィーターの限界なのか「ギャン」と再生することはできない。但しオーディオが有利なのは音源とマイクの距離が近いので、実際体験することが難しい直接音主体の至近距離からのソースを再生することができる。部分的にはオーディオ再生の方が勝る部分がある。
 極力生ナマしい再生を行うには、軽量の振動板を強大な磁気回路と透磁力の高いホールピースで形成されたスピーカーユニットを使うしかない。ライブハウスのPAはその逆を行っているので、音が悪い。長岡派はハイコンプライアンス(振動板が動きやすい)の軽量振動板ユニットを強力磁気回路ユニットをバックロードホーンユニットに装着し、不足する低音を補う方策を取る。アルニコ磁石搭載ユニットが2008年に登場して、低音不足がはようやく解消した。長岡鉄男先生の死後8年、フォステクスの佐藤晴重氏らの執念でようやく長岡BHは完成した。正直に言って、FE紙コーン系は紙っぽい音がして、音色の好き嫌いが出た。それでもスピーカーを「測定器的」なものとして捉えれば、優秀であった。機材をいじれば、それによって発生する音の変化が如実に反映されたのだ。

 選挙のPAとしてD-55+FE208SをパナソニックのデジタルアンプSA-XR55(200W×2)で鳴らした。-0dBまで回したら、ユニットが底付きした-6dBで運用した。文字通りの大音響である。直前に立つと危険である。しかも音楽を流しても綺麗な音がする。SA-XR55をホームユースで使うには、音が侘しい感じがしたが、当時廉価で大出力のフルデジタルアンプは少なく、PA用にはうってつけだった。池袋駅前で300mぐらい離れた箇所から聴いても演説内容は明瞭に聞こえた。選挙やデモで使われている拡声器は低音を切り捨てている。低音は音のエネルギーが高いので、捨ててしまえば、筐体の強度もそれほどいらない。拡声器はフロントロードホーンで、音を遠くに飛ばしている。バックロードホーンスピーカーの場合は低音の増幅を担っている。
 何が言いたいのかといえば、ライブハウスもバックロードホーンタイプのスピーカーを置いたらどうだろうか・・・といっても誰もやらない。もはや、長岡BHそのものがロストテクノロジーとなりかかっている。